セルフ・リライアンスという生き方

自立した個人として豊かに生きる。長期投資のメモ。

ソーシャルインパクトボンド(SIB)のセミナーに参加しました(その2)

11/19の「ソーシャル・インパクト・ボンド」セミナーの参加レポート、後半です。

前半記事はこちら。





○日本国内のSIB

日本国内では、今年に入り以下の3つのパイロット事業が動き出しました。
まだ実証実験段階なので、日本財団が助成というかたちでの資金提供者、かつ中間支援組織となり、中心的な役割を担っています。

1.横須賀市での特別養子縁組推進
さまざまな事情で、実の親のもとで育てない子どもの養子縁組をあっせんして、児童養護施設などのコストを減らすと同時に、子どもの環境改善を目指すSIBです。
日本財団が助成する事業費は1,900万円、特別養子縁組が4組成立すれば、児童養護施設の運営費用など、約3,500万円が減らせる見込みです。
サービス提供者は一般社団法人ベアホープです。

(参考)
SIB活用して特別養子縁組促進-日本財団ブログソーシャルイノベーション探訪

2.経産省の認知症予防事業
高齢者の認知機能改善に有効とされる公文教育研究会の「学習療法」を使って、高齢者の要介護度の改善や、医療介護費用の削減効果、さらに介護職員や家族の負担軽減、地域の便益などのトータルな社会的インパクトを測定します。今はSIB導入のための実証調査段階ですが、成果が期待できれば、2016年に実際にSIBを組成し、事業が開始します。

(参考)
SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)調査事業が経産省委託事業として採択 

3.尼崎市での若者就労支援
尼崎市内の、生活保護世帯の若者層200人に対するアウトリーチ事業(自宅に出向いて支援する)。若者の自立支援と、将来の生活保護費削減が目的です。

ひきこもりなど、会うことも難しいような場合、いきなり就労につなげるのは難しいので、事業期間内に就労できたかそうでないかというゼロイチの評価ではなく、外に出られたなど、就労可能性アップの部分も評価するそうです。
サービス提供者はNPO法人育て上げネットです。

(参考)
“ソーシャル・インパクト・ボンド”パイロット事業第3弾 日本財団×尼崎市 協働で若者就労支援事業を実施


○SIBの課題と今後

セミナーの締めは、実際にSIBに関わっている方々のディスカッションでした。
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(モデレーター)
 SROIネットワークジャパン 代表理事 伊藤健さん
(パネリスト)
 福岡地域戦略推進協議会(FDC) 原口唯さん
 公文教育研究会 社長室 井上健士さん
 日本財団 社会的投資推進室長 工藤七子さん
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FDCは上記2.の認知症予防のパイロット事業で中間支援組織に加わり、公文は事業主体になっています。

特に、工藤さんの発言は、SIBや社会的投資全体を理解する上で参考になりました。

<SIBを進める上で連携自治体側の声は?>
(FDC原口)
市町村から見ると、医療や介護、社会福祉分野(生活保護等)は、自治体の直接的な財政メリットが小さいわりに、何かトラブルがあった場合のリスクが大きい。

やはり国主導、国のサポートを望む意見が多い。また、観光や産業振興分野などの方が取り組みやすいという声もある。市民の理解を増やすことが必要。

<KUMONがSIBに取り組む理由、実際に取り組んでどうか?>
(公文・井上)
もともと社会的篤志に基づくお金の流れに会社として関心を持っていた。現在の介護保険制度では、入所者の要介護度が下がると、施設が受け取れる報酬が下がってしまうジレンマがある。

本来、高齢者のQOLが上がるのはいいことなのに、このように社会的インパクトと、制度上のインセンティブにギャップがある場合には、成果に応じて報酬が発生するSIBは有効

<日本財団がソーシャルインパクトボンドなど社会的投資に取り組み始めた理由は?>
(日本財団工藤)
もともと日本財団は公益事業への助成がメインだが、近年「ソーシャルイノベーションのハブになる」という新しい方向性を打ち出し、社会的投資に取り組み始めた。チャリティーやフィランソロピーから、インパクト志向への流れがある。一方の投資家サイドも、リーマンショック以降は社会性の方向に寄ってきている。

SIBは、マーケット、寄付に加えて、税金も巻き込んでお金の新しい流れをつくる、成果志向型の課題解決ツールと考えている。

<社会課題解決には、SIB以外の方法もある。SIBの意義は?>
(日本財団工藤)
もちろん、SIBに適した分野、そうでない分野があると思う。
SIBのポイントは、行政業務委託における ”Pay for Success”“Pay by Result” (活動にお金を付けるのではなく、成果に応じて払う)の考え方。ただ、それだと事業者がリスクを取れないので、そこを補完する仕組みとして生まれた。

ただし、「成果連動型」にすると、一方で事業者のモラルハザードのリスクも生じる。
例えば介護であれば、事業者が「回復しそうな高齢者ばかり多く受け入れる」ことになりかねない。そこをカバーする制度設計も必要になる。

<パイロット事業を実際に進めて見えてきた課題は?>
(日本財団工藤)
「官民連携」とは言うは易しで実際は大変なことがたくさんある。
SIBでは事業権限を民間に移譲することになるが、日々の細かい業務一つ一つをとっても、どこまで任せるのか、役割分担をどうするのか、現場レベルで判断するのは難しいことも多い。まさに試行錯誤の連続。

<「行政コスト削減」か「社会的インパクト」か?>
(日本財団工藤)
SIBの意義が「行政コスト削減」にフォーカスされ過ぎと感じる。
説明としては分かりやすいのだが、本来の目的は、成果を上げられる有能な事業者に、きちんとお金がまわる構造を作ること。

経済的効果に注目し過ぎると、本来のゴール(=社会課題解決)を見失いかねない。「投資」と言った瞬間に、リスクリターンの世界になってしまう。

そのためにも、事業の成果評価に、コスト削減効果だけでなく、定性的な評価指標をうまく盛り込んでいく必要がある。

例えば、「がん検診の受診率を上げる」プロジェクトであれば、「受診率が上がって医療費が削減できたから投資家に支払う」ではなく、「受診率が増えて早期発見が増えたから支払う」というように、定量的な成果だけでなく、定性的なトリガーに基づいて支払えるような評価指標が大事になる。


○感想

SIBの仕組みと現状がよく理解できました。
塩崎厚生労働大臣のほか、中央官庁や金融機関の人も参加しており関心の高さを感じました。
逆に、平日昼間だったので、物好きな個人としての参加は少数派だったと思いますが・・・

高齢化と財政赤字を抱えた課題先進国である一方で、膨大な個人金融資産が貯まっている日本だからこそ、SIBは突破口になり得ると感じました。

特に、経済的リターンか社会的インパクトか?の議論は興味深かったです。
工藤さん指摘のとおり、コスト削減や経済的リターンを前面に出し過ぎると、本来の目的とずれてしまうかもしれません。

とはいえ、資金提供者(=投資家)がいなければSIBは成立しません。
日本ファンドレイジング協会の鴨崎さんの話にもありましたが、日本にも各種財団や基金などの資金の出し手は多く、まずフィランソロピー的なお金が主体になるのでしょう。
休眠預金をSIB向けの資金に活用する案も考えられていますが、ここは議論が分かれるところです。

一方で、金融機関や機関投資家など、純粋なリターン目的の投資家は、海外ですでに行われているリスク補完スキームの下でないと、受託者責任の点で難しい面もありそうです。

また、定性的な社会的インパクトをきちんと評価できる評価基準や評価機関の充実も必要になります。

個人的には、個人のお金を、SIBのような仕組みに呼び込む余地は結構あると思います。
寄付ではなく、元本が返ってくる(もしくは増える)可能性もありつつ、社会の役に立つのであれば、自分も含めて投資してもよい、という人は意外といるのではないでしょうか。

中間支援組織に個人が直接出資するのは、法的にハードルが高いかもしれませんが、セミナーでも言及のあった、投資型クラウドファンディングやミュージックセキュリティーズ等のファンドを経由した間接投資なら比較的簡単そうです。
自分もそういう仕組みがあれば関心があります。