セルフ・リライアンスという生き方

自立した個人として豊かに生きる。長期投資のメモ。

投資家と企業のためのESG読本【読了】

何かと話題のESG投資について、体系的に分かりやすく解説した本です。
ESG関連の企業調査・評価を手がける、日本総研の足達英一郎さん、村上芽さん、橋爪麻紀子さんの共著です。

大きく2部構成になっています。
1部が本編、2部はESGのキーワードをまとめた解説集です。

第1部 ESGをどう見るか
第2部 ESGを理解するためのトピックス40


ESGブームの背景とESGの本質

ESG(環境・社会・ガバナンス)というと、SRI(社会的責任投資)とどう違うの?という疑問がまず浮かびます。

筆者は、ESGとSRIの間にはそれほど大きな差はないと指摘します。
にもかかわらず、ESGが、かつてのSRIと違い投資家に受け入れられた理由は、第一に、国連の責任投資原則(PRI)の存在が大きいとしています。

経済的リターンを犠牲にしてでも社会正義を優先するかのような、SRIのネガティブなイメージを表に出さず、誰もが反対しにくい「原則」として提示し、署名させる形式を取りました。これが投資家をうまく巻き込み、ESG普及のベースとなりました。GPIFが署名したのは記憶に新しいです。

もう一つの理由は、企業や投資家も、従来のSRI的な考え方にある程度理解を示し始めていることです。

企業にとっては、社会や環境にいい影響を及ぼし、悪い影響をなるべく及ぼさない方が、まわりまわって自社にプラスになるし、投資家から見れば、そういう企業に投資する方が、リスクを抑えリターンを上げることにつながる、という考え方です。

これは、環境問題や貧困・格差などの課題が、事業活動の上で無視できないほど深刻になってきて、もはや「自分だけ儲かればそれでいい」と言い切れる時代ではなくなってきたということです。

個人投資家がESGを見るうえでも大事な考え方だと思います。

「ESGブームと言える状況が、単なるブームとして終焉してしまうときこそが、地球や社会にとっては絶望的な事態を迎えるということなのだろう。(中略)ESGが主体的かつ継続的に受容されるかは、人々がどこまで長期的に物事を展望し、合理的な判断を下せるかの試金石でもある。」(p17より)

その通りだと思います。

ESG投資家の4つの類型

ESGのさまざまな要素が、株価や投資のリターンにどう影響するかは、多種多様な考え方があります。このウイングの広さが、ESGを理解しにくくしている面もあるでしょう。

そこで本書はあえて、ESG投資家を4つに分類しました。

1.コーポレートガバナンスを重視する投資家
2.社会課題起点のキャッシュフローを重視する投資家
3.ダウンサイドリスク回避を重視する投資家
4.ユニバーサルオーナーシップを重視する投資家


日本では、1.が主流であり、ESGといえばガバナンス、という投資家が多いとのこと。

ただし、筆者は、コーポレートガバナンスといっても、株主至上主義のガバナンスと、ステークホルダー配慮のガバナンスの2種類があり、日本ではほぼ前者のガバナンスしか語られていないとしています。

この2つのガバナンスは、企業は株主のものか、または社会全体のものか、という点で真逆なのですが、本書では、国連の責任投資原則はあえてそこを曖昧にしたまま、強引に2つを結びつけたと評価しています(「G」と「E+S」の結婚と表現)。
この背景には、国連が、ゆくゆくはステークホルダー配慮のガバナンス(EやSの視点)が主流にならざるを得ないと見通しているからだという見立てで、とても興味深いです。

2.は、本業での社会課題解決に企業のビジネスチャンスとリターンの源泉を見出す投資家であり、CSV(Creating Shared Value)的な発想と相性がよいです。
この立場では、金銭的リターンではない社会的リターン(=インパクト)をも追求するインパクト投資家やベンチャー・フィランソロピーなども広義のESG投資家に含めたりします。

ESGファンドではありませんが、社会課題と企業の関わりを重視し、非上場企業にも投資している鎌倉投信は、比較的この考え方に近いと思います。

3.は、企業不祥事などのリスクを回避しようとESG情報を活用するタイプです。
リターン最大化よりも、ポートフォリオのリスクを下げたいという動機です。例えば、気候変動や環境保全への対応などは、主にここに当てはまります。

4.のユニバーサルオーナーとは、運用資産規模が大きく、幅広いアセットを保有し、市場全体に広く分散投資している機関投資家で、カルパースやGPIFなどの巨大年金基金などが代表的です。

この規模になると、個々の企業のパフォーマンスだけでなく、経済や社会全体の長期的な持続可能性や健全性に着目する観点が不可欠になってきます。

例えば、ノルウェー政府年金基金が、石炭を使う企業(電力会社など)をダイベストメントしたケースがあります。ただし、受託者責任との関連ではユニバーサルオーナーの考え方はまだ議論が分かれていて、タバコ産業を除外したカルパースは、パフォーマンスが低下したと批判されました。

個人的には、多額の資金を動かす機関投資家の責任として、かりに多少短期的なリターンが下がったとしても、長期的なサステナビリティを重視すべきと思いますし、それは受託者責任に反しないと思っています。

欧米では、1.だけでなく、2.~4.の立場を積極的に取る年金基金なども多い一方、日本ではエンゲージメントも含めてE、Sの取り込みは遅れています。水口剛さんも言っていましたが、市民の意識の違いも大きいのかもしれません。

(過去記事)
ESG投資か、責任投資か?<高崎経済大学 水口剛さん・日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)セミナー>

一方、GPIFが去年7月に出したESGインデックスの公募リリースでは、GPIFが、ユニバーサルオーナーとして、長期的なリターンの最大化のために「環境や社会の問題などネガティブな外部性を最小化する」と言っています。GPIFの取り組みよう次第で、日本でも本来のESGが根付くチャンスなので、注目しています。

ESGと企業の情報開示

企業の情報開示についても提言しています。
従来のCSRレポートは、ありとあらゆる課題を総花的に網羅してしまい、何が自社が取り組むべき重要な課題なのか絞り込まれていませんでした。CSR部門の活動も、CSRランキングやレーティングのアップ、各種指数への採用など、全方位的・総合的な評価を重視する傾向にありました。

筆者は、ESGの時代には、自社のビジネスにとっての重要課題(マテリアリティ)をしっかり分析して選定すること、その課題が業績や企業価値とどう結びつくのかを投資家に説明することが不可欠としています。

最後の、ある企業のHPの「CSRの取り組みとは?」の中で謳われていたという一文を引用します。

「企業は各々の事業の特性から、果たすべき役割や影響度の度合いはさまざまであり、自社の責任や課題を見つけCSRを自分たちで創り上げていかなければならないものなのです。」(p110より)

調べてみたら、オムロンでした。
CSRの取り組みとは? | すぐわかる CSR | CSR(企業の社会的責任) | オムロン

ESG時代の主体的なCSRとはこういう姿勢だと思います。

ESG投資に関心ある人に最適な1冊

ESGが大きく取り上げられるようになった歴史的背景から、ESGの最近の動向までカバーしています。文章も平易なので、「ESGってそもそも何?」という個人投資家にもおススメです。かといって内容が薄いわけではなく、ガバナンスと環境・社会との関係、エンゲージメントの意義など本質的な部分をしっかり深掘りしています。第2部のキーワード解説も役立ちます。

私自身は、ESG投資が根付くには、やはり、「G」と「E+S」をどう統合できるかどうかがポイントと感じました。

今度、JSIF(日本サステナブル投資フォーラム)で、著者の足達さん、村上さんのセミナーがあるので詳しくご意見を聞ければと思います。