セルフ・リライアンスという生き方

自立した個人として豊かに生きる。長期投資のメモ。

インパクト評価と社会イノベーション―SDGs時代における社会的事業の成果をどう可視化するか―(塚本一郎・関正雄 編著)【読了】

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財務的リターンと社会的インパクトを同時に追求するインパクト投資においては、社会的インパクトの測定、評価が不可欠だと言われます。

ただ、実際にインパクト評価ってどうやってやるの?という疑問がいつもありました。

そこで見つけたのがこの本です。
インパクト評価の意義、手法、具体例、課題などについて、一般向けにも分かりやすくまとめられています。

編著者の一人、明治大学の塚本教授は、2015年に鎌倉投信の投資先であるエフピコが、北海道芽室町の「九神ファームめむろ」で行っている障がい者雇用事業について、SROI(社会的投資収益率)評価をされていて、お名前を知っていました。

目次です。

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序章  インパクト評価の現代的意義-社会的プログラムの有効性・効率性を評価する
第1章 インパクト評価とは何か
第2章 インパクト評価と費用便益分析
第3章 インパクト評価とSROI
第4章 自然環境分野における社会的インパクト評価
第5章 保健医療分野におけるインパクト評価の政策利用
第6章 社会インパクト評価の産業振興施策の成果測定への応用
第7章 インパクト評価とSDGs・ESG 投資
第8章 成果連動型契約とインパクト評価
第9章 EBPM とインパクト評価
ケーススタディ
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読み始めてまず、投資というよりも公共政策よりの内容だな、と思いました。
しかし、読み進めるうちに、それは当然だと分かりました。

なぜなら、インパクト評価は、もともと公共事業などのプロジェクト評価の分野で長く使われてきた「費用便益分析」や「費用効果分析」を発展させたものだからです。

私もそうなのですが、「社会的インパクト投資」からインパクト評価という言葉を知ったため、あたかも「インパクト評価」が今までなかった全く新しい概念と誤解していました。

そのような読者に対して、こう指摘しています。

日本国内では、「社会的インパクト」を強調する政策的立場から、単にインパクト評価ではなく、「社会的インパクト評価」という「アイデア」が、まるで斬新な発想であるかのような意味付けを伴って、特にSIBやインパクト投資、休眠預金に利害関係のあるアクター間で少なからず共有されている。(p24)

そうではなく、いわゆる社会的インパクト評価とは、従来の費用便益分析をソーシャルセクターに応用したものである、という大前提を理解できたのは収穫でした。

その前提が理解できると、インパクト評価の代表的な手法であるSROI(社会的投資収益率)もすんなり理解できます。

SROIは、ある社会的プログラム実施から得られた便益と要した費用を一定の割引率(社会的割引率)で現在価値に割り戻して、総便益(の現在価値)が総費用(の現在価値)をどの程度上回っているかで、そのプログラムの効果を測定するものです。

要は、株価や企業価値などのバリュエーションや、私のような不動産鑑定士が日々仕事で使っている不動産の収益還元法(DCF)などと同様の考え方ですね。

ただ、インパクト評価が通常の事業評価と違うのは、アウトカムと呼ばれる、事業の成果にあたる部分がそのままでは金銭で表せないことです。

例えば、就労支援のプログラムであれば、「働く意欲の向上」「面接に行った数」など、貨幣価値で表せないものを、さまざまな方法を使って貨幣価値に換算してインパクトを測定する必要があります。

この換算の仕方や、成果のうち純粋にプログラムによるものはどこまでなのか、どのくらい派生的・長期的な成果までインパクトに含めるか、などの部分で、評価者の裁量の余地が大きいことが課題です。

※社会的割引率は4%が一般的だそうですが、日々割引率10bpsの差に向き合っている不動産鑑定士としては、そんなざっくり決めていいの?とも思いました。割引率次第で現在価値は大きくブレます。

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<「北九州市・リクルート 女性の就業及び子育てとの両立支援に関する連携協定」に基づく実施事業(2017/2018 年度)SROI分析による社会的インパクトレポート(株式会社公共経営・社会戦略研究所) p59より>

お金で表せない社会的リターンを経済的価値に置き換える以上、これはある程度やむを得ないと思います。SIBやインパクト投資の実例が積みあがってくれば、保健医療、社会福祉、環境などの分野ごとに、スタンダードな評価手法が固まってくるのかもしれません。

インパクトマップ、ロジックモデル、反事実、寄与率、金銭代理指標などの専門用語も解説されていますし、プロジェクトの具体例もたくさん載っています。

インパクト評価のプロセスが理解できたのと同時に、インパクト評価がまだまだ発展途上のものであるということも分かりました。

先日、コモンズ投信の渋澤さんが、上場企業が統合報告書などの中で、自社の事業の社会的インパクトを数値化して示すようになる日も近いのではと言っていました。これから、ESGやSDGsの文脈でも、インパクト投資が大きな役割を果たすと思います。その流れを理解するためにも、インパクト評価について体系的に知っておくのは有益ではないでしょうか。