資本コストを理論と実務の両面から解説した本です。2020年に買って一度読みましたが、また読み直しました。
資本コストは、2018年の改訂コーポレートガバナンス・コードに取り上げられて以降特に注目されています。資本コストがなぜ大事なのでしょうか。
資本コストは、投資家が求める要求リターンであると同時に、企業にとっての資金調達コストかつ事業に投資する際のハードルレートです。資本コストを上回るリターンを生まなければ、たとえ黒字でも企業価値を毀損していることになります。従って、価値創出の「物差し」として重視され、ROIC>WACC、ROE>株主資本コスト、を掲げる企業が増えています。
しかし、資本コストは、前提条件や変数の設定次第で大きく異なります。「サイエンスでありアートでもある」と言われるとおり、ある企業や事業について、絶対的に正しい資本コストの値というものは存在しません。従って、資本コストは投資家と企業の対話において大きなテーマになります。
本書では、そのような資本コストが経営や投資の現場でどのように活用され、理論と現実が融合しているか、各分野の実務家が解説しています。
第1章 資本コストはサイエンスであり、アートでもある
第2章 資本コストの推計方法と推計事例
第3章 資本コストを利用した企業経営手法
第4章 長期投資家にとっての資本コスト
第5章 資本コストと企業経営:今後の課題
一番面白かったのは、「おおぶね」のファンドマネージャーであるNVICの奥野一成さんが書かれた第4章です。投資先である丸井グループと味の素を例に、企業との対話が会話形式で載っています。
ポイントは以下の2点。
・事業の収益性が、資本コストを(短期的ではなく)「持続的に」上回ることが重要(長期的な競争優位性)
・全社ではなく、事業別の資本コスト把握の必要性
企業と長期投資家の建設的な対話の究極的な目的は、事業間のキャピタルアロケーションについての議論を行うことにあり、その土台として事業の経済性の見極めについて、企業と投資家の相互の認識をぶつけ合うことに意義があると考える。従って、資本コストも事業別に考えたうえで、各事業が資本コストを上回る利益(経済的付加価値)を過去生んできたのか、そしてそれが将来も続くのかという点にフォーカスする必要がある。(p127)
丸井の青井社長との対話では、小売とフィンテックという2大事業について、NVICが推定した事業別の資本コストとEVAをもとに、現状認識と今後の事業ポートフォリオや資本構成、企業価値創出について深い議論が交わされています。
奥野さんの言うバフェット的で普遍的な競争優位性か、青井社長の言うパラダイムシフト的な観点からの競争優位性か、の議論は非常に興味深かったです。
短期的な業績を材料に売り買いするファンドも多い中、経営者との間で、企業価値そのものに関わるガチンコの議論を行っている投資家は少ないのではないでしょうか。
経営者と長期投資家は同じ舟に乗っているが、必ずしも同じサイドに乗っているわけではない。(中略)両者とも事業の経済性という同じ切り口でキャピタルアロケーションを行っていることから、別の視点が組み合わさることで新たな気付きと価値が生み出される。それこそが我々のような金融に携わるものが、社会に存在する意義なのではないかと思っている。(p170)
さまざまな企業やビジネスを広く俯瞰できる投資家と、ある特定の事業のプロである経営者が、資本コストという共通言語をもとに事業ポートフォリオや資本配分についての対話を重ねることが、企業価値の向上につながります。それは、株主以外のステークホルダー全体に利益をもたらす大事な取り組みです。
資本コストをキーワードに、エンゲージメントの意義が理解できる書籍です。