セルフ・リライアンスという生き方

自立した個人として豊かに生きる。長期投資のメモ。

企業価値経営(伊藤邦雄・著)

ROE最低8%以上を提唱した「伊藤レポート」で有名な、伊藤邦雄氏の本です。

本書の目的は経営の普遍的テーマである「企業価値」に向き合い、企業価値をどういう情報を用いてどのように評価するのか、そしてそうした評価を経営戦略の策定にどのように反映し、企業価値をどのように創造していくのか解説することである。
(はしがき)

約700ページあってボリューム満載です。「企業価値」とは何か理解するための総合的なテキストとなっています。

タイトルが企業価値『経営』とあるとおり、「会計」「ファイナンス」だけでなく、「経営戦略」を加えた大きく3つの視点から企業価値を解説しているのが大きな特徴です。企業価値分析は「総合格闘技」と言われたりしますが、ジャンル横断的な知識が必要になります。企業価値に関連する知識は全て盛り込んだ、と著者が言う通り、これ一冊で幅広い理論がカバーできます。

ケーススタディも詳しいです。ピジョンの企業価値評価の実例や、ダイキン工業の分析は詳細で勉強になりました。

一方、何でも盛り込んだがゆえに、幅が広すぎて総花的な本という面も否めません。著者がアカデミックな方なので、大学の経済学部の「企業価値論」のテキストのようなイメージです。ファイナンスやバリュエーション、経営戦略それぞれについて、もっと学びたければ、より専門的な書籍等で深める必要があると思います。

また、帯コメントで「資本生産性とサステナビリティをいかにして共に高めるか?」とアピールしている割には、ESGやサステナビリティと企業価値の関係についての記載は薄いです。伊藤氏が提唱している「ROESG」の解説もありますが、この分野は学問的にも実務的にも結論が出ていないため、詳しく書けない事情もあるのでしょう。

ただし、この指摘は非常に大事と思いました。

E・Sを実践するからといって、低い資本生産性が許容されるわけではない。資本生産性と持続可能性を二項対立的に捉えるのではなく、双方の両立を意識しながら中長期的に価値創造を高めることが企業には求められるのである。

私が一番面白かったのは、最後の「第Ⅲ部 創造編」です。
「マーキュリー引越サービス」という架空の上場企業をモデルにしたストーリーなのですが、アクティビストからの要求をきっかけにして、キャッシュリッチで安定重視の昭和的な日本企業が、資本生産性重視の企業価値志向へと生まれ変わり、試行錯誤しながらマネジメントを改革していく姿がリアルに描かれています。この手の解説書でこういうコンテンツはあまりなく、小説のようで一気に読みました。

企業価値を学ぶベーシックなテキストとして、手元に置いておいて損はない本だと思います。