セルフ・リライアンスという生き方

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ESG思考(夫馬賢治・著)【読了メモ】

夫馬賢治さんの新刊、「ESG思考」を読みました。
夫馬さんは、株式会社ニューラルの代表で、サステナビリティ経営やESG投資に関するコンサルティングを手がけます。運営サイト「Sustainable Japan」はよく拝見しています。

E(環境)・S(社会)・G(企業統治)からなる「ESG」が、どのように世界に広まったのか、ESGの本質は何か、資本主義の考え方の変化からひも解いています。

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脱資本主義・オールド資本主義から「ニュー資本主義」へ

経営者や投資家の資本主義観の変化から、ESGの意義を説明しているのが本書の一番のポイントです。

オールド資本主義、脱資本主義、ニュー資本主義、陰謀論。この4つの立場は、過去20年間でダイナミックに変化を遂げてきた。最も大きな変化は、経営や金融の主流にいた勢力が、オールド資本主義からニュー資本主義へと立場を転身させたことにある。この転身をもたらした新しい考え方を、私は、「ESG思考」と名付けた。(p24より)

冒頭で、「環境・社会への配慮」への賛否と、利益が減るか増えるかの2軸に基づく、4つの立場(脱資本主義、オールド資本主義、ニュー資本主義、陰謀論)が示されます。帯に載っているイラストです。これらを対比することで、ESGと、ESGとは似て非なる概念の違いがシンプルに理解できます。

・「脱資本主義」 
⇒ 企業は利益だけ追求すればいいわけではない。利益を減らしても環境や社会に配慮する責任がある! 
⇒ 倫理的なSRI(社会的責任投資)の発想。かつてのエコファンドもこの流れをくむ。

・「オールド資本主義」
⇒ 環境や社会への配慮は経営に直接関係ないしコストがかる(儲からない)。でもイメージアップのためにはやろうか。
⇒ 従来のCSR的な発想。

・「ニュー資本主義」
⇒ 環境や社会への影響を配慮した方が、利益は増える。だから当然考慮すべき。
⇒ ESG投資。企業も投資家も賛同する。受託者責任とも整合。

ESGのベースになっている「ニュー資本主義」が根本的に新しいのは、それまでの「環境や社会に配慮すると利益が減る」という認識が、「環境や社会に配慮すると利益が増える」という認識に180度転換したこと。この認識の変化は2000年代に少しずつ生まれ、2010年代に一挙に拡大しました。

国連、NGO、グローバル企業、機関投資家、運用会社、ESG評価会社といった当事者が、異なる資本主義観を時にはぶつけ合い、融合させながら、リーマンショックも経て「ニュー資本主義」が確立していった経緯が詳しく書かれています。

ESGの基本は「長期思考」

ニュー資本主義への転換に関連して、もう一つ、大事な部分を引用します。

環境・社会に考慮した何らかの行動を企業がとろうとすれば、必ず何らかのコストがかかる。その時点では決して利益が増えることはない。しかし、それでも「利益が増える」ことがあるとすれば、それは将来の機会やリスクに先手を打って対処できるからに他ならない。したがって、ESG投資が成立するためには、投資をする側の投資家にも投資を受ける側の企業にも、「長期思考」が必然的に求められることになる。(p106より)

ESG投資が機能するためには、
ベースに ① 企業と投資家の「長期思考」があり、
その前提の上に、企業を分析するのに必要な ②「データ」(比較可能な非財務情報)の開示と、その企業の長期的な価値向上に資する ③「重要項目」(マテリアリティ)の特定がなされ、
それらを評価する ④ ESG評価体制がそろうことが必要です。

この構造は、ESG投資全体を理解するのに大事です。企業の統合報告書もこの枠組みに基づいています。

なお、企業が長期思考へと変わったのは、リーマンショックによる経営者の意識の変化が大きいと指摘しています。環境や人権などの社会課題は経営とは直接関係ないと考えられてきましたが、長い目で見れば企業のリスクや業績に大きく影響することが分かってきたからです。同時に、ガバナンスも長期思考に転換しつつあります。

(以前JSIFのイベントで聞いた水口剛さんと河口真理子さんのトークでも、気候変動などのマクロで長期的な課題も、時間軸を長く取れば自社のリスクや財務リターンと密接に関わってくるので、それを先取りするのがESG、という論点がありました)

日本はまだ遅れている

ニュー資本主義とESG投資の流れは、欧米中心で進んできました。日本はというと、GPIFの頑張りで挽回しているものの、政府、企業、メディア、全て遅れているということも繰り返し書かれています。

(以前は、自分もGPIFのESG投資に対する取組にはやや懐疑的でしたが、この本にも書いてある通り、ここ数年で運用の中心的な部分にまでESGを持ってきており、日本のESG投資をリードしています。)

未だに、「ESG投資は受託者責任に反する」とか、「利益を無視した倫理的な投資だ」などと主張する人もいます。彼らはこの本の言う典型的な「オールド資本主義」から抜けていません。

オールド資本主義では、株主の利益と他のステークホルダーの利益は対立します。しかし、ESGを中心とするニュー資本主義では、全てのステークホルダーに価値を提供することが、株主の利益を増やすことにつながります。株主の利益と各ステークホルダーの利益は長期思考のもとでは両立するわけです。

この本を読めば、もはや、ESGとサステナビリティ、長期思考は経営や投資における共通の価値観として疑う余地がないのではと思います。

1点注文があるとすれば、個人の役割にも触れてもらいたかったです。ESGプレイヤーとして、企業、投資家、運用会社、インデックスプロバイダー、ESG評価会社などが登場しますが、個人の存在にはほとんど言及がありません。

個人投資家かどうかに関わらず、個人は、年金や保険を通じた最終的なアセットオーナー(=間接的な株主)であり、銀行の預金者であり、企業の労働者であり顧客でもあります。個人が自分のお金の行き先に関心を持つことも、ESG投資が広がるために必要だと思います。

ESGの歴史を知り、本質を理解できる良書でした。