ESG投資など、環境や社会に配慮した「責任ある投資」について、体系的に解説した本です。
著者は、環境会計の専門家で、社会的責任投資フォーラム(JSIF)の共同代表理事でもある高崎経済大学の水口剛氏。
なぜ投資で「持続可能性」や「ESG」を取り込むことが重要なのか、世界的な潮流もふまえて詳しく解説されています。
第一章 今、なぜ投資が問題なのか
第二章 責任ある投資は何を目指すか
第三章 責任ある投資の方法
第四章 責任ある投資と利益
第五章 責任ある投資と倫理
第六章 年金の運用を変えよう
第七章 情報開示を変えよう
第八章 責任ある投資の実現に向けて
第五章までは、「責任ある投資」が必要になってきた背景、SRIに始まる責任投資の歴史、スクリーニングやエンゲージメントなどの手法、リターンや倫理面との関係について。
第六章以降は、欧米より取り組みが遅れている日本で、ESGなど「責任ある投資」を根付かせるための具体的提言がされています。
●投資には外部性がある
本書の考え方がつまったフレーズです。
「投資判断の中に、未来に対する責任の意識を組み込もう。投資の外部性に注意を払い、地球環境や人権、社会に配慮した投資行動をしよう。そして長い目で見て持続可能な発展につながるようにしよう。それが、責任ある投資の考え方である。」
(p32より引用)
「責任ある投資」が必要な理由として、環境問題の深刻化、行き過ぎた短期主義、格差拡大などが挙げられていますが、一番のキーワードは、何度も出てくる「投資の外部性」だと思いました。
投資は、お金を出す投資家が、企業からリターンを受け取るという関係にとどまらず、投資先の企業活動を通じて、当事者以外の外部の環境や社会にも、プラスやマイナスの影響(外部経済・外部不経済)を生じさせます。これが投資の外部性です。
だからこそ、投資家は、自分の直接的な金銭的リターンだけではなく、当然のこととして社会全体に配慮する必要がある、という考え方は納得できます。
●個人投資家もできることがある
ESG(環境・社会・ガバナンス)は、機関投資家の世界の考え方ですが、ESG的な「責任ある投資」は個人投資家も取り入れることができます。
本書のサブタイトルは「資金の流れで未来を変える」とあります。
自分のお金を、100%環境や社会のために使うのは難しくても、かりに1%でも、お金の行き先を自覚して、こういった分野に振り向ける、または望ましくない分野や企業に振り向けないようにするだけでも、社会に与えるインパクトは十分あるのではないでしょうか。
投資はリターンがよければ何でもいい、というのではなく、リターンは求めつつも、将来のことを少し意識する視点です。
また、これは株式や債券などへの投資に限りません。
誰でも預金をし、年金や保険も納めているので、間接的にはみんなが資金の出し手になっています。投資をしているかどうかに関わらず関係する話です。
最近は、自分の投資行動にもできる範囲でこうした考え方を反映し始めました。
機関投資家からの取り組みだけでなく、個人個人の意識で、ボトムアップ的に金融機関や国、企業に少しずつ影響を与えることもできるかもしれません。
●責任投資と利益との関係は難しい
投資は儲かってこそナンボだ、という考え方は正論です。
「責任ある投資」と、投資のリターンとの関係も検討されていますが、明確な結論はまだないようです。
現状では、ESG要素を組み込んだ場合に、そうでない場合と比べて確実にパフォーマンスが向上するとは言い切れないものの、実証データから「少なくともマイナスにはならない」というコンセンサスは形成されつつあるそうです。
ただ、水口氏指摘のとおり、「ESGが儲かるかどうか」という発想をした瞬間、「儲からない分野には投資しない」ことにつながり、結局は責任ある投資の趣旨と矛盾してしまいます。
また、かりにESG的に素晴らしい企業があったとして、みんながその企業に投資したら、結局はあまり儲からないことにもなります。
著書の主張の通り、「利益を上げるための手法」ではなく、「規範(ルール)としての責任投資」という考え方がまずあるべきだと思います。
結局は、投資家が、投資対象からの直接的なリターンだけでなく、外部性の部分(社会的な波及効果)をどこまで引き受けるかにかかっています。
投資家の自由意思にまかせるのではなく、年金の運用ガイドラインや会計基準、ディスクロージャーなど制度面での取り決めもたしかに必要かもしれません。
逆に、われわれ個人の場合、他人からお金を預かって運用するわけではないので、受託者責任もありません。価値観を自由に反映しやすい面はあります。
自分は、シンプルに「いい会社に投資すれば、社会的にもプラスだし長期的にはリターンもそこそこは上がるだろう」という考えです。(長期的なリターンが市場平均より低くなったとしてもそれはそれでいい気もします。)
●「ソーシャルファイナンスの教科書」よりも専門的
「意思あるお金の流れ」というと、先日読んだ河口真理子さんの「ソーシャルファイナンスの教科書」と方向性は近いです。
河口さんの本が個人向けで平易なトーンなのに対して、本書はかなりアカデミックで、個人でも投資に詳しい人や、機関投資家や金融業界の人向けだと思います。(値段も3,000円以上します)
その分、世界の機関投資家のESGに対する取り組みや、国際機関のガイドラインなどの事例は豊富です。
実際に機関投資家が行っている手法(ネガティブ/ポジティブスクリーニング、議決権行使や対話などのエンゲージメント、統合評価)や、ESGインデックスなどの解説も詳しいので、基礎から一通りのことを学べます。
一例として、この分野で先進的なノルウェーの政府系ファンド「ノルウェー政府年金基金」が、兵器製造や人権・倫理面から評価した「除外リスト」は参考になりました。
ウォルマートやボーイングなど、インデックスに組み入れられている多くの企業が投資対象外としてはじかれているんですね。
全体的に専門的ですが、各章の末尾に「まとめ」があるのが親切です。
まずはまとめに目を通すと全体像が分かりやすいです。