以前お話を聴いた、京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)所長で京産大教授の大室悦賀さんの新著。
これからの社会に必要とされる企業=「サステイナブル・カンパニー」を論じています。
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ソーシャル・イノベーションを考える(京都産業大学教授・大室悦賀さんとの対話)
●社会的課題を解決する/生まない経営
この本の基本的な思想を表す一節。
『真に社会的課題を解決しようとするならば、企業が社会的課題を生まないこと、社会的課題とビジネスをつむぐこと、その両者を同時に捉えることが必要で、そのためには企業のあり方を変えることが必要である』<はじめに>より
社会的課題の多様化にともない、全ての課題を行政やNPOだけで解決するのは難しくなっています。そこで、企業が積極的に社会的課題に関わることが求められるようになりました。
ただ、収益を上げなければいけない企業という存在は、社会的課題の解決それ自体を目的としてしまうと持続できません。ソーシャルビジネスがなかなか拡大しないのもそのためです。
したがって、これからの企業は、
1.社会的課題を機会ととらえビジネス化する
2.社会的課題を生まない
という2つの要素を合わせ持つことが求められます。これが「サステイナブル・カンパニー」です。
●社会的課題とビジネスをつむぐ
1.の社会的課題を積極的にビジネスチャンスとしていく姿勢は「社会的課題とビジネスをつむぐ」と表現されています。これは、従来からあるCSR/CSVといった概念とは一線を画すものです。
CSRやCSVは、あくまで競争戦略やマーケティングの手法の枠を出ていないのに対して、「サステイナブル・カンパニー」は、企業の存在意義であり、経営のあり方そのものです。
言い換えれば、サステイナブル・カンパニーは、従来のような「社会的価値」vs「経済的価値」という二項対立の世界ではなく、事業そのものに社会的価値を内包した次元にあります。
社会的課題を積極的にイノベーション(ソーシャル・イノベーション)につなげている点が、CSRやCSVと根本的に違います。
例えば、鎌倉投信の言う「本業そのもので社会課題を解決している企業」と近いと思いました。
●マルチステイクホルダー指向と経営哲学
一方、2.の「課題を生まない経営」という視点は今まであまり指摘されていなかった論点です。
この本では「マルチステイクホルダー指向」というキーワードがたくさん出てきます。これは、企業を取り巻く全てのステイクホルダー(従業員、顧客、取引先、地域、行政、NPO、環境・・・)への負の影響をできるだけ小さくするよう配慮することです。
1.との関係で言い換えると、多様なステイクホルダーが共有できる(経済的価値も内包した)社会的価値を提示し、その価値のもとにステイクホルダーを統合することです。平たく言うと、会社に関わる全ての人たちが、会社の価値観や目指すビジョンを共有し、対立がなくなる状態です。
ただ、そのためには道標となる「経営哲学」が不可欠です。
本書では、IKEUCHI ORGANIC、パタゴニア、ラッシュ、アミタHDなど10社が、サステイナブル・カンパニーの具体例として紹介されています。みな確固たる理念=経営哲学を持っているからこそ、企業を取り巻く人たちがその理念に共感し、同じ方向を向いて進むことができます。
例えば、IKEUCHI ORGANICには「最大限の安全と最小限の環境負荷」という基本理念があります。私もIKEUCHI ORGNAICの製品の顧客かつ鎌倉投信を通じた投資家です。工場やお店にも行ったりしましたが、この理念は組織の内外に浸透していると実感しています。
他にも、「ファンによる口コミ」「同業他社と競争する必要がない」「地域や顧客を巻き込んでいく」・・など、これらの会社の共通点にはうなずくところが多いです。
マルチステイクホルダー指向は、本書でも紹介されている「コンシャス・カンパニー」の考え方と重なると思いました。
●所感
「経済性」と「社会性」は対立するもの、という従来の議論の枠を超えた新しい本です。
企業の事例の他にも、地域における行政、NPO、金融機関を巻き込んだソーシャルイノベーションの取組(京都ソーシャル・イノベーション・クラスター構想)の詳しい紹介もあるので、「サステナブル・カンパニー」や「ソーシャル・イノベーション」を具体的にイメージできます。
一方で、「関係性」「自己組織化」という考え方や、イノベーション論に関する部分などは結構概念的で、難解な部分も多いので、一回さらっと読んで理解できるかというとそうではないかもしれません。ただ、それぐらい奥が深く、腰を据えて読みたい経営・社会論です。
最終章は「これからのあなたへ」と題し、各個人がどう行動していくべきかという視点でまとめています。
社会的課題の解決も社会変革も、多様な「個」の自立と成長なしには生まれない、という意見は超同意です。起業を目指す人でなくても、会社、行政、NPOあるいは地域を通じて、主体的にどう参加していくかのヒントになると思います。